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2013.02.09 Saturday

やりたいことをやるための、三種の神器。ヒマと疑問と自惚れで、マイナスを反動でプラスに変えろ。

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書かなきゃ、書かなきゃ―。
シャバダバ、シャバダバー。

ブログ、書かなきゃ、ドゥ、シャバダバ。
書かなきゃ、ドゥ、シャバダバ。

ドゥワー。(もちろんこれの節で)

誰に頼まれているわけでもなく、自主的に書くの、やっぱり大変。
ブログに限らず、自主制作全般、全ての話。

無尽蔵に時間がある(ように感じられる)学生のころならいざ知らず、
大人になってから自分の作品だの、やりたいことだの、やるのって大変。

やりたいこと、なのにね。

今日は「やりたいことをやるための、三種の神器」の、話。


あ、写真は母の絵手紙と、私のケータイ。

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2011.03.14 Monday

東京で元気にしている私が、元気でいるために考えたこと『自分なりの「がんばり」を許す』

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ふつうにふつう、いつも通り、いつも通り。

そんなふうに唱えても、なかなかそわそわが収まらない。

私は理屈が分れば安心するタイプなので少し考察することにした。

まずはこのそわそわだ。

なぜそわそわするのか。
それは不安だから、後ろめたいからの二種類から来ている。

不安はあとで考察するとして、
「後ろめたさ」は、
“ひとまず今は大丈夫である”
という所から来ている。

お腹も減ってないし、情報も得られるし、お風呂にも入れる。
体調だって悪くないし、仕事もできる。

だけど、だからこそ、こうしていることだけで後ろめたい。

募金だってそうだ。

わたしはいくら募金すれば「安心できる」のか。


こうやって自分の「不安そのいち:うしろめたさ」を取り出して、
他人事みたいに対峙する。


自分なりの「がんばり」を許す

自分を大切にしていいんです。
“まずは『あたりまえ』を大切にしなさい”

むかし、誰だったかに言われた言葉を思い出す。

『あたりまえ』=『当たり前』
二通りの説があるが《中略》一人当たりに配分される取り分を「当たり前」といい、それを受け取るのは当然の権利であることから、「当然」の意味を持つようになった説である。(語源由来時点より)
自分より大変な誰かのために、自分をかえりみずささげること。
それはとても美しいことみたいだけど、
では、そのあとは?

自分をかえりみず、機能しなくなった後は?
それはきっと、最も避けなければいけないことのはず。

そりゃね、ずっとタフにいられればいいよ。
でもそうもいかなくったって、いいじゃない。
非常事態だもの。

自分が潰れてしまわないように、そうやってがんばる自分を、
まずは許してやるのだ。


苦しい情報ばかり優先しない

昨日もちょっと書いたけれど、
しっかりしようと思うあまり、危機管理を高める気持ちから
「最悪の事態」ばかり想定してしまう。

確かに、それが回避できる範囲のものなら有効だけれど、
デマや過激派の意見まで蔓延しているインターネット上で
自分に必要な情報を見極めるのは大変だ。

暗いニュースも現実かもしれないけれど、
それに足を取られて気がめいってしまうなら、
目を閉じて、大きく深く、息を吸い、息を吐いた方が身のためなのだ。


そして、不安の考察だが
今の関心ごとは放射能のことだと思う。

まずは正しい知識と現実を仕入れてみよう。
それだけでだいぶ安心できるはずだ。

2011.3.14 12時現在の東京の放射線量:
約20CPM(0.2マイクロシーベルト=0.0002msv)

(100CPM=1マイクロシーベルト 1000マイクロシーベルト=1ミリシーベルトmSv /1時間あたり)
ソース・東京都日野市南平2丁目, 木造住宅2階窓辺にて、放射線量測定している方
ソース・福島原発GJ!:連れ込むな! 私は急に 泊まれない

東京が良ければそれでいいわけじゃ、全然ないんだけど、
身近な数字から、危険な数字を知っていこうよ。


福島第一原発では、最大時は900msv、通常時は100-400msvだった様子。
(現在の数値確認できず)

福島第一原発の2箇所のモニタリングポストでの測定値(今朝6時までの東電公表情報:3号機爆発の5時間前まで)
早野教授のまとめ・東大原子力系卒業生および有志協力チームミラー
放射能対策 - OLIVE

メモ:世田谷区内の計画停電の情報
メモ:阪神震災を経験して今思うこと


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2009.02.19 Thursday

嫌よ嫌よも好きのうち。同一視と言う幼稚な愛情

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mixiのcomplex gala.コミュニティの中で、
気になったmixiニュースをピックアップして貼付けている。

きっかけになった記事はこれ
女性が女性にやたらとキビシイ理由が研究で明らかに
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090216_women_less_tolerant_than_man/
ボストンにあるエマニュエル・カレッジの研究チームが学生に「ルームメイトを評価して欲しい」と依頼したところ、ルームメイトが何か気に入らない行動を起こした後、女子生徒は痛烈に非難する人の方が多かったようです。 〜中略〜 女性同士のほうが男性同士よりも同性の仲間に対して厳しいと考え、否定的な情報は同性同士の友情に重要な親密さを崩壊させるため、女性の中の否定的な情報に対する比重は男性よりも大きいのではないかと結論づけたとのこと。
「同性同士の友情に重要な親密さを崩壊させるため比重が大きい」?
それは違うと思う。

他人に対する厳しさのチェックポイントは人それぞれだ。
それはその人の「自分自身に対する厳しさ」と言い換えられないだろうか。

同性は同性に自己投影しやすい。
姿形や社会的立場が同じだから、知らずと自分と比べてしまう。
特に女性の場合はコミュニティの生き物だから、
コミュニティを潤滑に回していきたい気持ちが強いため、
他人に求める以前に自分に対する厳しさが大前提にあるのではないだろうか。

現在でも過去でも良い。
「癇に障った人物」を思い起こして欲しい。
「嫌だな」と思う出来事が起こった、その前も、その後も、
なんだか沸々と「どうなの!?それ」と思った彼女(彼)のことを。

「どうなの!?」と思っているそのポイントは、
実は自分の「大切にしたい」または「気をつけている」ところじゃないだろうか。
価値観や大切なこと、当たり前は家庭環境や経験則で大きく変わる。
そんなことは分っているはずなのに、それでも「気になる」なんて、
よくよく考えたら大きなお世話なのだ。
理解出来なくて当たり前のことに腹を立てている。
つまり、他人を介して自分を見ているに過ぎない。

他人の言動に対して「カチン」と来る部分は、
知らず知らずにでも自分にとって「大切だ」と思っているということ。
これを発見と捉えよう。

また、自分自身も同じように的外れ(に感じるよう)な
非難を受けたこともあるだろう。
その非難ポイントがその人の「無意識化でも大切に思っていること」なんだと
解釈すると、発見に繋がらないだろうか。

そして、厳しさは同性に留まらない。

例えば、恋人だ。

付き合ったばかりの頃は「それも個性」と割り切れていたものが、
時が立つにつれ気になったり、
変えてしまいたくなったりすることはないだろうか。

恋に関する諸説はもろもろあれど、
今はひとまず置いておいて、「同一視」の観点から、先と同じように考えてみよう。

彼(恋人)に対して気に入らない部分も、
やっぱり自分の大切に思っていることじゃないだろうか。

人は人、自分は自分。

ちゃんと分っているけれど、いつの間にか自己投影して自分と比べている。
それは相手にとって本当は全く意味のないことだ。

よく「相手(の性格)を変えてしまいたくなることはエゴだ」
と言うけれど、相手の性格が変わったからと言って、
すべてがすべて、自分の利益には繋がらない。
例えば礼儀作法が気になるんだとして、
相手の礼儀作法が改められて、別に自分に利益はない。
(連れているパートナーの品格として利がある場合もあるけど)

自分の取扱としてして欲しくないことを説明するのと、
相手を変えたいと思うのは別のはなしなのだ。

そして、好きでも、嫌いでも、恋人でなくても友達でなくても
自己投影してしまう相手は「気になる相手」だったりする。

本当に理解出来ない嫌いな人は、実害がない限り、
同じ空間を共有していなければスッパリ忘れて気にならない。
本当に嫌なヤツは実はストレスにならないのだ。

どこか自己投影してしまい「自分のこと様に」考えてしまうからこそ
腹が立ち、厳しくもある。
または勝手に自分の価値観内で何かを期待して、
裏切られた(そぐわなかった)からこそ腹が立つのだ。

ああ、先人が言い尽くしたかな。
「嫌よ嫌よも好きのうち」
…そういうことか!

気になる人への自己投影を続けて、
自分の発見を続けていくも良し、
自己投影を止めて、他人は他人として相違点と共通項を観察するも良し。

いずれにせよ、
その人が気をつけていることが全面的に表へ出ないことは、
自分に当てはめて考えてみれば身に覚えがあるだろう。
(いつも優しくいたいのに、ついイライラしちゃう、とかね)

気をつけていることを指摘されるのは辛いし、
「成ってない」と否定されるのは同性でも異性でも嫌だ。
思ってもいないことを指摘されても的外れに感じる。

他人への厳しさは自分の価値観の発見と受け止めて、
距離を保ってみよう。
自己投影をした他人の同一化は幼稚な愛情でしかないことが分るはず。

愛情は愛情なんだけどね。
だから、ほら。
ムカつくアイツ。実は「嫌よ嫌よも好きのうち」なんじゃない!?

RANKING←イヤよイヤよも?
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2009.02.19 Thursday

コヤナギ式感情考察学、はじめました

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1977年、日本に生まれ、中(の下)流家庭に育った性別は女。

保育園へ通わなかったせいか、小学校での「団体行動」の意味が分からず、
なじむのに時間がかかった。
なぜ「先生のお話を聞く」だけなのに、整列しなくちゃいけないのか分らなかった。
「前へ習え』とまっすぐに、個人差のある両手の長さ分、
離れて並ぶ必要はどこにあるのか、
なんでそんなことしなくちゃいけないのか、
おまけに出来ないでいると怒られるのか。
先生のお話はまわりくどいのか。
なぜなのか尋ねても「いいからやりなさい」と説明しないのか。
分らないことだらけだったし、誰も教えてくれないので、
自分なりに考えるしかなかった。
これが、「趣味:考え事」になったきっかけかもしれない。

そんな調子で、考えながら動作するのでやっぱり団体行動からはぐれがち。
団体から飛び出すので「変わった子供だ」と称されるようになり、
そうなのかな、と思った。

もうひとつ大きなきっかけがある。
うちの父は変わっていた。

社会に出てから「説明すること」の重要性を感じた父は、
私にいつも説明を求めた。理由を話すように言われた。
「チョコレートが欲しい」じゃダメなのだ。
チョコレートを手に入れたい必要性を説明しなければならなかった。
「食べたいから」では簡潔すぎて父を納得させられない。
お陰で、辟易しながらももっともらしい「食べたい理由」を
言葉で説明する必要があった。
何かをしたい、何かを欲しいと思ったら、まず「他人を説得出来る理由」を作る。
そんなハードルの高い、父なりの教育は小学校へ上がる前から行われていたように思う。

おかげで中学卒業の頃にはかなり口が達者になっていた。

変わり者として生活していた私に転機が訪れた。
とりあえず就職した会社を辞めたいと思っていた。
けれど、「何か」が私の「辞めたい」という気持ちを止まらせた。
「変わり者」の私が一体何に気を止めて、
辞めたいと言う衝動を押し止まらせているのだろう。

頭の中だけでは整理しきれなかったので、「何か」を紙に書いてみた。

・辞めたところでどうなるか分らない
・お金がない
・コネがない
・漠然と不安だ
・やりたいことがお金になるか分らない
……

ふつうだ。

私の「何か」なんて、すっごく普通だ。

ずっと変わり者だと思っていたけれど、私は普通の人なんだ、と思った。
正直ショックだった。アイデンティティを失った気がした。
しかし幸い、私には「他人を説得出来る理由」を作るのが得意だった。
だから、自分のことも他人事のように説得出来る理由を作ることにした。
たぶん、これが「考察」の始まりだったと思う。

「普通」の悩みが、どこに起因し、なにに影響を受け、どう着地するのか。
それが説明出来るようになれば、共感なり反感が得られるようになるだろう。
それはひとつの「おもしろさ」として発信出来ることになるかもしれない。
「変わり者」という「誰でもない私」を失ったらショックを
「普通」な「誰でもある私」にすることで中和したのだ。

1977年、日本に生まれた、同じ時代背景を持つ1,755,100人の1人として
当たり前のことを考察してみることにした。
題材は「人間の感情の起因と着地点を繋ぐ過程」だ。

最近「コヤナギ説」としていろいろおもしろい考察がまとまってきたので、
「考察学」というカテゴリーでまとめてみることにした。

日々のサンプリングや、情報の追加で常に結論が更新されるため、
「論文」ではなく、進化していく「学問」としてみる。
義務教育で受けてきた、教科書のあるお勉強は大嫌いだったけど、
考察することが学問らしいので、そう言う意味ではぴったりだろう。

過去の記事でもその時に得た結論を導きだしている記事も
コヤナギ式考察学における、そのときの「考察論」として
カテゴリーを移し替えておいた。

いつかまた著作物を出すのなら、これだ、と思っている。
こう‐さつ〔カウ‐〕【考察】(大辞泉)
[名](スル)物事を明らかにするために、よく調べて考えをめぐらすこと。「深い―を加える」「日本人の社会意識について―する」
study-コヤナギ式感情考察学

JUGEMテーマ:学問・学校
RANKINGU←よく分からんけど頑張れ?
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2008.12.03 Wednesday

女は形のないものにお金を払う、男は……?

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 女史が集まれば当然のように恋バナに花が咲きますが、
私の周りの「恋バナ」はもっと具体的です。

話の流れで議題が決まり、それに関するそれなりの落としどころが見つかるまで
その恋バナはロジカルに積み上げられます。

ただ、毎回結論が見つからない話題があります。
それは「男子はどこに生息しているのか」

イケメン・適齢期・独身などに関わらず、
私たちが普段生活している生活圏では、
男性の姿自体をほとんど目にしません。
仕事場ではもちろん、いらっしゃいますがそれはカウントしないとして。

男の人って、どこで何やって過ごすんだろうね、
なんてことを三十路過ぎた女史が言い合っていたりします。

本日。
昼食をとろうと街をプラプラしていたときのこと。
ひとりだし、時間もないし、カフェとか入る気分じゃない。
でもお弁当とか買って、事務所で食べるのもなんだか飽きた。
そんなとき足が向くのはたいてい、吉牛、松屋の類い。
悪くないんだけど…、それも飽きてる。

考えながら歩いているうちに、店の数が少ないところまで来てしまった。
このまま歩いて行ったらコンビニで弁当コースだぞ。
どうしよう…

すると左手に汚くて、昼時だというのにゼンッゼン人がいない、
中華料理屋が見えた。
外に出ているメニューは「もやし定食」「塩ぶたらーめん」「レバニラ定食」などの文字。

「女は形のないものにお金を払う」とよく言うが、
確かに、味云々よりも雰囲気にお金を払う。
私だってこういった中華定食屋は、
普段はひとりで絶対に入らない類いのお店だが、
クイックに温かい食事が食べたいときにちょうど良いかも。
今日みたいなチョイスはイレギュラーだ。

今日はここでいいや、とガラガラっと戸を開けると、
「いらっしゃいませー」と想像通りのやる気のない家族経営。

どこの街にもある、古びれていて、活気も別にない、中華定食屋。
テレビからは「いいとも!」の最後のゲームコーナーの歓声が聞こえた。

お米を食べる気分じゃなかったので「もやしそばをお願いします」とオーダー。
ぼんやりとケータイをいじくっていたら、
ガラガラ、
またガラガラっと、
入ってくる、入ってくる男性客。あっという間に店内は満席になった。

先日の恋バナを思い出す。
そうか、こういう“早い安い”なお店は、確かに男の人は好きだな。
しかもこんなに繁盛してるんだから、意外と隠れた名店かも?

予測していなかった期待を胸に、とうとう「もやしそば」は運ばれてきた。

これが、

これが………

また………!

ま、まずい!!

完全に塩の入れ過ぎでしょっぱいし、
麺は団子状に絡まりまくり。
片栗粉は玉になってしまっているところもあり、
何より肝心の「もやし」が少なさ過ぎる。

これは完全に「まずい」

ふと、店内を見回してると、眉ひとつ動かさず黙々と食べる男性陣。

へ、平気なの?
一箸すくったその麺が、えらい塊になっていますけど?

「男は胃袋から掴め」って言うけれど、
案外それって味どうこうというよりは、
「とりあえずただ作る」ことが大切なのかもしれない。

凝った料理を用意するより、
来れば食べれる環境を整えておけば男は来るということか。
などと思ってお勘定を済ませて店を出た。

でもあの店はもう二度と行かない。
だって、まずいもの。


コヤナギ ユウ YU KOYANAGI
KoyanagiYu Yu Koyanagi:Graphic Designer, Illustrator, Editor, Blogger
twitter. @KoyanagiYuinstagram.com/koyanagiyu/
The chief editor for Tokyo Nylon Girls.(http://nylongirls.jp/) The world Chengdu panda ambassador semi-finalist (2012). Special knowledge in Shinto culture.(I have license for Shito knowledge test!) Love coffee and chocolate. (I don't drink alcohol unfortunately)

コヤナギユウ
デザイナー、イラストレーター、エディター。
yours-store代表、東京ナイロンガールズ編集長。77年新潟生まれ。生クリームとマヨネーズが苦手で英語が不自由。コーヒーとチョコレートが好きな、神社検定3級、世界成都パンダ大使セミファイナリストカナダ観光局公認ブロガー観光大使。 >>くわしく
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